Near The Parenthesis / Country of True Wonder2013.9.6
昨日、岡山から帰って来ました。
晴れの国とはいうものの、ここ数日の全国の天気の大荒れの影響はもちろん受けていてほぼ雨。
祖母家の前には小さな池があるのですが、続く雨のせいであと10cm程で溢れそうになっていました。
あんなに天気に振られたのは初めてで、やっぱり何かがおかしい。
岡山での生活は本当にノンビリとしたものでした。
携帯電話の電波も危ういような田舎なので、大自然に囲まれて心も身体もリフレッシュ。
毎晩することが無いので日付が変わる前には布団に入っていたのですが、いかに自分が毎晩パソコンに時間を取られているのがを実感しました。
これを機に、少しパソコン生活を改めなければなあ。
車で行ったので、おばあちゃんが普段行かないようなところに沢山連れて行ってあげたり、買い物に行ったり。
片道だいたい4時間ほどかかるのですが、この祖母孝行を考えるとやはり車が便利きわまりない。
そして何よりも犬を連れて行けるのが良いところ。
うちのおばあちゃんは母や私よりもキャンディに会いたかった勢い、撫でまくってだっこしてご満悦。
動物の力ってやっぱりすごい。
おじいちゃんは私が幼稚園の頃に病気で亡くなったので、おばあちゃんはもう何年もこの田舎で一人暮らしをしています。
今年で86歳になったにも関わらず、自転車までこいじゃう元気っぷり。
読書も短歌もナンクロ(本人曰く、難易度MAX、ボケ防止)までこなしちゃう、私の自慢のおばあちゃん。
だけどやっぱり所々でその年齢を感じさせる場面がある訳で、その時は少し寂しく感じます。
いつ入院してもいいように緊急用の入院バッグを作っているだとか、いつ死んでもいいように家のものを少しづつ片付けているだとか、本人は誇らしげに話してくれるけれど聞いてるこっちはどういう顔をしていいか分からない。
そりゃあ身内は少しでも元気でいて欲しいというのが普通だけれど、年齢には抗えないことだって当然あります。
けれど当の本人にそのことについて言われると、なんと返していいか分からず笑って返すことしか出来ないのです。
きっと、かけて欲しい言葉があるから話している訳では無いのだろうけど、それでも困惑してしまいます。
おばあちゃんが考えてることが分からない、というより知りたくない。
その歳にならないと感じることが出来ない何かがそこにはあるのでしょう。
そんな私に出来ること。
良い孫でいておばあちゃん孝行をすること。
彼女の娘である母の側にいて、支え合いながら仲良く楽しく暮らすこと。(こんなことばっか考えてるからいつまでたっても親離れ出来ないんだろうけど)
おばあちゃんはいつも私にこう言います。
「あかねは私に似て正義感が強いから弁護士になれ」
ちょっとその希望を叶えてあげることは出来そうにないけれど、これからも受け継がれたこの性格を大切にします。
未だに岡山弁が抜け切らない私でした。
帰りのSAにて。
妙に歳のいった桃太郎と、北海道銘菓旋風。
今日の一曲はNear the Parenthesisから。
サンフランシスコを拠点として活動する、Tim Arndtのソロプロジェクトです。
この『Japanese For Bigginer』は2011年に出された5枚目の作品。
流れるように耳に入ってくるアンビエント・エレクトロニカ。
彼の楽曲はどれも物語的ですが、盛り上がりすぎず静かすぎずでちょうどいい感じ。
個人的には夜の静寂がぴったりだと思うので、一日を終えてゆっくりしたい時にでもどうぞ。