深い赤と、むらさきの2014.6.20
映画女優という言葉が、初めて会ったときに頭に浮かんだ。
とてもきれいで、素敵な女性だったので、
珈琲やサンドイッチを頼むときはいつも少し緊張した。
「あんな人になりたい」と、お店に行くたび夫によく言っていた。
その喫茶店は音読の「閉店ウォーカー」特集のときに大変お世話になったお店で、
コロナの玉子サンドを復活させませんかというこちらの企画に快く応じてくださった。
それ以来何かといろいろお世話になっている。
2店舗目がオープンするときには直々にパーティへの招待メールをくださった。
やっぱり私は、メールを開けるそのときも緊張した。
わっ、なつみさんだ、とどきどきしながら開けた。
だいぶあこがれていたのだ。
「ランラン子育て帖、ひそかに楽しみにしとります」
と、そのメールには書いてあった。
私が更新するとよく彼女が「いいね」ボタンを押してくださるのを、
もちろん私は知っていたし、そのたび私もひそかに喜んでいた。
「れんたろうもぜひ来てください」とも書いてあった。
彼女はれんたろうを「れんたろう」と呼んだ。
呼び捨てにされることで少し親しくなれた気がして、何だか嬉しかった。
パーティにはお花を持っていった。
花屋さんでどんな感じにしますかと言われ、
「深い赤と、むらさきの」
と言った。
それは、私の中の彼女のイメージだった。
夕方から夜、ビロードと珈琲。
彼女のお通夜が、昨日行なわれた。
先月末に突然倒れた、と聞いてから、私は毎日彼女の旦那さんのSNSをチェックしていた。
目を覚ましました、という知らせが載っていないだろうか。
彼女の笑顔の写真が載っていないだろうか。
でも、火曜日に突然2号店が臨時休業になったのを知り、胸がざわざわした。
その夜、いくちゃんから電話が来て、彼女が亡くなったのを知った。
お通夜にはれんたろうも連れていくことにした。
最初はどこかに預けようかと思ったけれど、
彼女にれんたろうの顔をやっぱり見せたかった。
私達が喪服を着ていると、れんたろうはいつもと違う様子に不安になったのか
「ぼくもいく、ぼくもいく」と足元にまとわりついた。
「うん、れんたろうもいくよ。おねえちゃんに、バイバイしにいくよ」
れんたろうは「バイバイしゅるの?」と言って笑った。
黒い服がないので、一張羅の紺色のシャツを着せた。
お通夜にはとても多くの方が来ていて、中に入りきらないくらいだった。
お焼香をあげるために列をつくっているあいだ、れんたろうは
「だっこだっこ」と言い、
夫がだっこしようとすると、
「ちがうの、ママなの」
と言って、私の膝にしがみついた。
彼女の遺影が見えた瞬間涙が出てきて、夫にれんたろうを預けた。
突然泣き出した私に驚いたのか、れんたろうはもう夫に抱っこされても文句を言うこともなく、短い腕を伸ばして私の頭をなでてくれた。
もっと、映画や小説について話したかった。
喫茶店に貼ってあるポスター、置いてある本、
「私も好きなんです、これ」って
いつか話そう、いつか話そうと思っていた。
悔しいし、悲しい。
お焼香をして手を合わせた。
れんたろうも、夫に後ろから支えられながら手を合わせた。
彼女の笑顔はやっぱりとてもきれいだった。
ご冥福をお祈りします。