音読

たぶん週刊ランラン子育て帖

どもんらんってどんな人?

2012年の1月、音読編集部のもとに赤ん坊が生まれました。名前はれんたろう。「にゃあ」というなき声がチャームポイントの男の子。新米ママ土門、今日も子育てがんばります。

クウネルリニューアルで思った雑誌についてのこと

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クウネルのリニューアルで、Amazonのレビュー欄がすごいことになっている。
Oliveやananで編集長を務めていた方が、クウネルの編集長に就いてリニューアルをした、その第1号目。

 

熱心なクウネル読者が、「これまでのクウネル」がなくなったことに対して星1つのレビューを書きつらねている。

レビューをひとつひとつ読みながら、「ああなんかこれは、すごいなあ」と思っていてもたってもいられなくなったので、今日はそれを書きます。

 

これらのレビューを読んで思ったことは、

「雑誌の哲学を、読者は敏感に感じ取る」
ということだった。

 

私はOliveリアル世代ではないし、ananもほぼ買ったことがない。
クウネルも江國姉妹の往復書簡を読む程度で、

だから今回のリニューアルに対してどうこう言うつもりはまったくないし、

新しいクウネルは新しいクウネルできちんとしたコンセプトがあるのだろうことは百も承知だ。

ただ、レビューを書いた人に対して

「ええなあ、こんなに好きな雑誌があって」と羨ましく思った。

 

これまでに夢中になった雑誌といえば、

私の場合は今はなき宝島社のCUTiEという雑誌ただひとつで、

あの雑誌には中学生だった私を強くひきつけるものがあった。

土屋アンナとかYOPPYとかマキロンとか

すごくかっこいい女性がまわりの目を気にせずに自分がいいと思う格好をしていて、

私たちはそれを見て真似をしたり、アパレルブランドの名前や商品をどんどん覚えていった。

お年玉を貯めてPARCOに行って、スタイリストの誰それがヘビロテしているというヒステリックグラマーのジーンズをびくびくしながら買って、帰りの電車であの黄色いショップバッグを抱えながら本当に嬉しくて嬉しくて、なんか自分もCUTiEの一員になれたかのような、そういうふうなことを思ったのを覚えている。

 

私が読んでいたときは安野モヨコの「ジェリービーンズ」が連載されていて、

その前には岡崎京子の「リバーズエッジ」や「うたかたの日々」を連載されていた。

彼女たちの漫画はいまだに大好きだし、根底につながるものがやっぱりあるんだと思う。

 

強い女の子、という哲学を私たちはCUTiEから感じ取っていた。

うん、「私たち」と言いたくなる何かがあった。

書きながら今思った。

 

 

CUTiEを卒業してからは雑誌は1年に2,3冊くらいしか買わなくなった。

定期購読も全然しない。気になる特集があれば買うくらいで。

雑誌には色があるから、なかなかなじめなかったりする。

ただのカタログじゃん、これ。と思うことも多々あった。

俗っぽすぎる、とか、おしゃれすぎて使えない、とか。

雑誌は生活を形作るものなので、すごくシビアな目線で

パートナーを選ぶような感じで本屋で選んでいる自分がいる。

 

 

私には尊敬する編集者がひとりいるのだけど、

その人とお茶をしたときに

「いつも、どういう気持ちで本を作ってるんですか」

と聞いたことがある。

彼女はとてもきれいな人で、仕事もできて、人気者で、信頼されていて、

私の目からはパーフェクトに映るんだけど、

「本当は昔から、すごく生きにくいと思っていた」のだという。

 

「だから、椅子みたいな本を作りたい。

読んだ人を助けるような、読んだ人に休んでもらえるような。

明日からまたやっていけそうって思えるような、

読んだ人が生きていくのが少し楽になるような」

 

だから私は彼女の作った本がすごく好きなんだな、と思った。

彼女の本は優しいし、芯がある。

それは編集に哲学があるからだ。

私はそれを、彼女の手がけた本から感じ取っていたんだな、と思った。

そういう本が作れるのは、とてもとてもすごい。

 

 

音読というフリーペーパーを作り始めて5年が過ぎた。

25歳だった私は30歳になって、

あのときお腹の中にもいなかった子供は4歳になった。

目標だった10号をいつの間にか超えて、次号で13号目。

13号は難産で、今もなかなか出てこない。

 

定期購読、という仕組みを音読にも取り入れたときは

「いるのかな、フリーペーパーにお金払ってまで定期購読したいなんて思う人」

と正直思っていた。

だから初めて申し込みが来たときには度肝を抜かれた。

だって定期購読するってことは、

音読は次号も価値のある編集をすると、信頼してくれてるってことだから。

それってめちゃくちゃすごいことじゃないかと思った。

 

今、定期購読してくださる人が少しずつ増えていて、

その人たちのことを考えるたびに

「失望させちゃだめだ」と思う。

 

それはおもねるとか媚びるとか奇をてらうとかそういうことじゃなくて、

いつだって音読の哲学を研ぎ澄ましていようということだ。

 

私たちは、「おもしろい雑誌」や「とがった雑誌」が作りたいのではない。

ただ単に「必要な雑誌」を作りたいのだ。

編集長である郁ちゃんは、「価値あるものを価値あるものとしてきちんと記録する」ということにこだわっている(はず。昔そう言ってた)。

副編集長である私は、「誰かの人生を(ちょっとだけ)変える」ことにこだわっている。

その切り口が、音楽だったり京都だったりするだけなのだ。

 

創刊号から続いているこの哲学めいた思いが、

もしかしたら定期読者の方にもほんのり伝わっているのかもしれない。

そうだったら、私たちは幸せな「編集者」だと思う。

 

「クウネルのスタッフの皆様、記事を書かれた皆様、クウネルくん、

長い間ありがとうございました。お疲れ様でした。
読者のみなさまもお元気で。

いつかまた、胸を踊らせるようなあたらしい雑誌の向こうで再会しましょう。」

 

クウネルのレビュー欄を読んでそんなことを思った。

 

 

 

「世界は自分が編集している」

とは、高校生のときに出会った田口ランディの言葉。

私はずっとこの言葉を覚えていて、辛いときや、もう生きてくのは無理だと思ったときによく思い出している。

 

雑誌とは、つまり、そういうものなんだろう。

平凡で色褪せて見える毎日を、

鮮やかな切り口で編集しなおしてくれるものというか。

 

 

 

 

うん。今回まったく子育て関係ないですね。

つい熱くなってしまった。

 

ちなみに先日、れんたろう4歳になりました。

息子が生まれたときは義母が「ひよこクラブ」の定期購読をプレゼントしてくれて、

それは非常に役に立ちましたので、今小さいお子さんいらっしゃる方にはおすすめです。

と、子育てブログっぽく締めてみる。

 

 

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