音読

たぶん週刊ランラン子育て帖

どもんらんってどんな人?

2012年の1月、音読編集部のもとに赤ん坊が生まれました。名前はれんたろう。「にゃあ」というなき声がチャームポイントの男の子。新米ママ土門、今日も子育てがんばります。

泣くことができてよかったですね

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この春から、保育園が変わった。

昨年末に引越しをして、廉太郎が通っていた保育園が遠くなったので、育休明けから新居近くの保育園に通えるように、転園届けを出していたのだ。

 

今年度から、廉太郎は年長クラス。朔太郎は0歳児クラス。

ふたりとも家の真ん前の保育園を第一希望にしていたのだけど、年長クラスが定員いっぱいだったらしくて、廉太郎は二番目に近い、第二希望の保育園に入ることになった。

なので、今年の4月から、2箇所通園が始まったのだった。

 

廉太郎はもちろん転園を喜んではいなかったけれど、「遠いとママがしんどいから」という、わたしの言い分を聞き入れてくれて、「それならいいよ」と言ってくれた。

1歳のときから通っていた保育園を離れるのは寂しかったし、せっかくならみんなと卒園させたいという気持ちはもちろんあったけれど、毎日の通園のストレス軽減のほうが勝った。

 

一気にふたり、しかもそれぞれ違う新しい保育園に通わせることになって、わたし自身も慣れるまで大変だった。

持っていくものや細々としたルールを始め、保育士さんや保護者の方の雰囲気、保育の進め方など、様々なことが違っていて混乱する。

 

特に朔太郎は、入園前に突然哺乳瓶を拒み始めて、保育園でまったくミルクを飲まなかったので、保育士さんといろいろ相談したり、家でも練習したり、結構手がかかって大変だった。

朔太郎のあれこれに気がいっている横で、廉太郎が毎朝遠慮がちに「いきたくないなあ」とつぶやいていたけれど、そのうち慣れるだろうと適当になだめて連れていっていた。

 

朝の流れとしては、朔太郎の通うA保育園に行ったあとに、廉太郎の通うB保育園に連れていく。

朔太郎を預けている間、廉太郎はA保育園の教室の入り口で待っているかたちだ。

 

A保育園の保育士さんは、毎朝廉太郎に声をかけてくれて、いつも気にかけてくれていた。

「お兄ちゃん、新しい保育園はどうや?」とか

「お兄ちゃんの好きなものはなに?」とか。

 

次の日行くと、A保育園の入り口には、廉太郎の好きな「きょうりゅう」や「めいろ」の絵本が置いてあった。

「きのうお兄ちゃんの好みをリサーチしたから、好きそうな絵本、見繕っておいたんです」

と保育士さんが笑って言ってくれた。廉太郎はとても喜んで、おもしろそうに絵本を読んでいた。

そのまた次の日にいくと、絵本の内容が少し変わっていた。

「お兄ちゃんが飽きちゃわないように」

わたしは本当に驚いてしまった。忙しいはずなのに、違う保育園に通う子供のことまで考えてくれるなんて。

「ありがとうございます、上の子も喜んでます」

と言うと、

「保育園が変わって大変なのはお兄ちゃんのほうなんですから。私たちにできるのはこれくらいなもので」

と言ってくれた。わたしよりも廉太郎のことを考えてくれている保育士さんに、わたしは頭が上がらなかった。

 

 

一週間くらい慣らし保育が続いたころ、廉太郎がまた朝に、「行きたくない」と言い出した。

なぜかと聞くと、「おともだちのなまえがおぼえられない」とか「せんせいがこわい」とか言う。

「大丈夫。すぐに覚えられるし、先生も怒ってるわけではないから」

と言い聞かせて、B保育園に連れていった。

B保育園に着いたとき、廉太郎と同じクラスの子供が、保育士さんに注意されている声が聴こえた。「ろうかははしらへんよ!」とかそういう言葉だったと思う。

その声が聴こえた瞬間、廉太郎がとうとう泣き出した。転園以来、彼が泣いたのは初めてだった。わたしの脚にしがみついて、声を押し殺して泣く。

わたしは廉太郎をなでながら、「大丈夫大丈夫。おやつを食べたら迎えにくるから」と言った。廉太郎は「もっとはやくむかえにきて、おねがいだから」と言う。小さな声で。きっと、先生に聴こえてはいけないと思ったのだと思う。

 

それを聞いてすごくかわいそうになってしまって、

「わかった、お昼ご飯を食べたら迎えにくる。約束する」

と言った。

そうしたらさっきの注意していた保育士さんがやってきて

「お母さんは早く行ってください」

と急き立てられた。わたしはもう一度、早めに迎えにくるからと約束をして、B保育園を出た。

保育士さんは出口を出ようとするわたしを呼び止めて

「廉太郎くん、いつもは笑ってるんですよ。今日はなんで泣いたのかしら。びっくりしました」

と言った。

 

その日、わたしはお昼を食べてから廉太郎を迎えに行った。

廉太郎はほっとしたように走り寄ってきて、わたしにしがみついてきた。

朔太郎を迎えにいくまで時間があったので「ふたりでケーキ屋さん行こうか」と言うと、とても喜んだ。

自転車でふたりでケーキ屋さんに行き、これがいいと言うのでマカロンを買ってやった。それで、家に帰ってふたりで食べた。

廉太郎は「ママとずっといえにいたいなあ」と、マカロンを食べながら言った。

 

A保育園に朔太郎を迎えにいくと、また絵本が入れ替わっていた。

「すげえ、このめいろの本、めっちゃむずかしそう」

廉太郎が目を輝かせて言うと、保育士さんが「そうやろー」と笑う。

「どうですか、お兄ちゃん。慣れましたか」

と保育士さんが声をかけてくれたので、今朝送ったときに泣いたことを話した。

「まあ、もうすぐ慣れると思うんですが」

わたしがそう言うと、保育士さんは

「よかったですねえ、お兄ちゃん。泣くことができたんですね」

と言った。わたしは驚いて、「えっ」と聞き返した。

 

「不安だとか、こわいとか、そういう感情を表に出すことができたっていうことです。これまではきっと、保育園では遠慮して出せなかったんだと思います。でも今日は新しい保育園でも自分の気持ちを素直に出せた。それはすごく、よいことです」

 

そう言われて、わたしはびっくりして何て答えたらいいのかわからなくなった。「もうすぐ慣れますよ」って言われると思ってたから。「もうすぐ慣れますよ」って言われると思って、自分で先にそう言っていたから。

 保育士さんは、その日もミルクを飲まなかった朔太郎を抱っこしながら、続けて言う。

「でも、大変なのはお母さんも一緒ですよね。お母さんも新しい環境で、ふたりのお子さんが感じる不安も全部受け止めて大変ですよね。無理しないで、何かあったら話してください」

 

わたしは「ありがとうございます」と言いながら、ああ、自分は、廉太郎や朔太郎の今の気持ちがどうとか、自分の今の気持ちがどうとか、そういうのに全部「もうすぐ慣れるから」ってふたをして、やり過ごそうとしていたなあと思った。

そして、わたしも本当は不安だし、こわいんだよなって、思った。

そしたらなんだか泣きそうになってしまって、慌てて帰った。

 

帰ってから廉太郎に

「泣いてもいいよって、朔太郎の先生が言ってたよ」

と言ったら、廉太郎は

「あのせんせい、やさしいな」

と言った。ほんとだね、やさしいね、と、ふたりで話した。

 

まだまだ至らぬところばかり、学ぶことばかりで、自分の未熟さに呆れてしまう毎日。

でもこうして、いろんなことを教わりながら、大事なことに気づきながら、子供と一緒に大きくなっていくのは、なんだかとても素敵なことだと思う。

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