渦中に「勉強する」ということ2019.10.10
このあいだ、Netflixでビル・ゲイツのドキュメンタリー『天才の頭の中:ビル・ゲイツを解読する』を観た。
エピソード3まであったのだけど、あまりおもしろいものだから、3日続けて観てしまった。マイクロソフトの創立者であるビル・ゲイツが、今どんな活動をしているのか。わたしはビル・ゲイツにまったく詳しくなかったので、今の彼が発展途上国でトイレの公衆問題に取り組んでいたり、感染病であるポリオの撲滅に取り組んでいたり、より安全な原発エネルギーの開発に取り組んでいる、ということを知らなくて、「すごいなあ、すごいなあ」と言いながらこのドキュメンタリーを観ていた。彼は幅広いテーマの第一線をいく研究者と、常に対等に議論している。それだけ彼が知識豊富で、思考能力が高いということ。「天才」といわれるゆえんだ。
印象的だったシーンはいくつもあるのだが、いちばん印象に残ったのは彼のトートバッグだった。白いキャンバス地に青のライン。素朴でカジュアルな大きなトートバッグを持って、彼はいつも移動している。
億万長者なのだから、もっと高価な鞄を持っているものとばかり思っていたけれど、その中に何が入っているのかを知って腑に落ちた。彼はそのトートバッグに、いつも10冊以上の本を入れているというのだ。テーマも偏らないよう、秘書がちゃんとチェックもしている。
彼は分刻みのスケジュールをこなしながらも、合間にたくさん本を読んでいる。ノンフィクションが多いけど、ときどきSF小説も読むのだということも言っていた。彼が移動のたびに重たそうなバッグを手に提げる姿を観ながら思ったのは、「天才のビル・ゲイツですらこんなに本を読むのか」ということ、そして「だから天才で居続けられるのかもしれないな」ということだった。
つい最近、中学校の先生とお話をする機会があった。今、中学校教諭のお仕事は多忙を極めていて、とにかく時間が足りないのだという。彼女が懸念していることとして、教師の過労や離職率の増加ももちろんだったが、「勉強する時間がないこと」ということが重要なこととして挙げられていた。
「生徒に正しいことをちゃんと教えなくてはいけない立場だからこそ、いちばん勉強をしなくてはいけない立場でもあるはずなんですが」
それを聞いて、本当にその通りだなと思った。いちばん勉強をしないといけないのは先生かもしれない。いちばん勉強をしないといけないのがビル・ゲイツであるように、いちばん忙しい人、いちばん忙しいときこそが、勉強をもっとも必要とする時期なのだ。
だけど、今は勉強なんてしている時間はないのだという。
「教育の質はそこにかかっていると思うんですけどね」
彼女はそう言って、苦々しく笑った。
ビル・ゲイツと中学の先生。
このふたりの話を聞いて、思い出した広告がある。TOHOシネマズの、お母さんが赤ちゃんを抱っこしている写真が載ったポスターだ。
キャッチコピーは「ママが映画館に通える国ってすてきでしょ?」。続けてこう書いてある。
「子育てに、土日はない。
昼休みもない。祝日もない。
夜中だって、子供が泣けば、勤務時間。
いつ子供がグズりだすかわからないから、
ゆっくりおでかけも楽しめない。
でも本当は、たまに映画館に寄ったりして、
笑ったり、泣いたり、感動したりする時間が、
いちばん必要なのは、
そんなママたちではないでしょうか。
小さな感受性を育てていく、
大切な大切な仕事をしているのだから」
わたしはこの広告が大好きで、素敵なコピーだなあと思っていた。
革新的な事業をリードするビル・ゲイツ、子供たちに新しい知識を与える中学校の先生。
大切な仕事をしている彼らこそ「勉強」が必要なように、たとえば子供を育てているわたしにも、やっぱり「勉強」が必要なのだろうなと思う。
子育て中は家事や雑務でいっぱいいっぱいだけれど、「子育て」という大切なことをしている今だからこそ、やるべき「勉強」があるのだと思う。
それは何も、子育て本や教育本を読むことだけではない。
さっきの映画館のコピーみたいに感受性を育てることもそうだと思うし、コミュニケーションや感情コントロールの方法を学んだり、子供といる空間をより良くするための方法を知ることもそうだ。スポーツだっていいかもしれない。
渦中にいるときにこそ勉強すべきなのに、渦中が過ぎてようやく時間ができて学び始めることって多い。
だけど、たとえば「子育て」の「勉強」をし始めたときにはすでに「子育て」自体が終わっているって、なんだかもったいないなと思うのだ。
だから、1日に1時間でも勉強ができたらいいなと思う。
大切なことをしているときこそ、学ぶことってすごく大事なんだろうなと思うから。
いいお母さんになる努力は、お母さんでいられるこのときしかできないのかもしれない。