2017.5.31
つながらなかったえん
引っ越ししてから、つまり結婚してから半年が経った。
一人暮らしの持ち物を寄せ集めて始まった生活から比べると、部屋の環境もゆっくりではあるが整っている。
だんだんと暖かくなってきたころ、室温で置いていた野菜がすぐへたってしまうようになったため冷蔵庫を購入。これまでの2倍以上大きな冷蔵庫は、まだまだ食べ物を受け容れる余裕を見せながら、キッチンに鎮座している。ビールも信じられないほど入っている。
同日、これまでの一人暮らしでは持ってなかったソファもついに購入。無難なところでカリモク60のKチェア(モケットグリーン)に落ち着いた。奥行きのサイズ感がほどよいところがちょうど、こう、いい。
この二つの大物を運びいれるのに一つ、というか二つ大きな障害があった。
それは隣の隣の部屋の前に数日前から置かれている単身用の冷蔵庫と古い大型スピーカー。
「管理人に許可を取っています。すぐに移動させます。」と書かれた貼り紙がしてある。
自分にとっての「すぐ」と相手にとっての「すぐ」はちがうかもしれないから客観性のある言葉で示しなさいと誰かから教わらなかったのか。
とにかくもう1週間くらいはなんとなく圧迫感のある廊下を通って家に帰る日々だった。
ふと、冷蔵庫のせいで冷蔵庫が通れないのではと不安になる。最悪、当日、階段室に避難させる決心までしていたが、配送のおっちゃんがこれならいけると頭の上に両手で丸を作ったのでその決心は棄てた。
ソファは組み立て式だったから冷蔵庫よりもすんなり冷蔵庫とスピーカーの横をすり抜けた。
冷蔵庫とソファのある暮らしが始まっても、廊下に冷蔵庫とスピーカーのある暮らしは終わらなかった。あの日の決心は棄てたが、いつまでたってもこれらが棄てられることはなかった。
そしてぼくは新たな決心をした。
「こんにちは、706のいしなかです。
処分の予定でしたらスピーカーを譲ってもらえませんか」
貼り紙の横にメッセージを書いた。
パイオニアの古いスピーカーで、サイズ感は350*350*800(mm)くらいだろうか。処分しようとしてるくらいだからちゃんと音が鳴るかはわからないが、これがあれば音楽ライフが充実すること間違いなしの代物だ。
翌朝、会社に出かけるとき、貼ったはずの紙がぺろんと落ちていた。マスキングテープの粘着が弱くてきちんと貼れてなかったかもしれないと思って拾うと、早速返事が書かれていた。
「どうぞもらってください。
音が鳴らなければ元の場所に戻しておいてください」
ぼくはその手紙を玄関に置き、奥さんに喜びの声を届け、会社に向かった。会社に行くというそれほど楽しくないことの最中に関わらず、顔には自然に笑みが溢れていただろう。
その日はそわそわして仕事が手に付かなかった。昼休憩には今のシステムにスピーカーを繋ぐためにはどうするかを調べ、配置を考える。笑顔。定時で退社し、電気屋さんでスピーカー用の赤白線を買う。笑顔。ちょっと長さに余裕を持って計り売りのケーブルを7m買った。笑顔。
笑顔はそこまでだった。
家についてエレベーターをおりると、廊下からスピーカーと冷蔵庫がこつ然と姿を消していた。
奥さんが先に帰って、部屋に入れてくれたのかとも考えたが、冷蔵庫もないのは不自然だ。実際、奥さんはまだ帰っていなかった。
泣いた。
ソファにうずくまって泣いた。
確かに、朝手紙を発見してすぐに家に移動させなかったのは悪いけれど、どうぞという返事をもらってその日の昼間に処分するとは思わないではないですか。
回収業者を手配していたとしたら、せめて今日取りにくると教えてくれてもいいではないですか。
と、いってももう遅く、そこにスピーカーはなく、7mの配線だけが残った。
思い切って手紙を書いたこと、
返事がきたこと、
これって素晴らしいことだったと思う。
ご近所付き合いが始まって、日々の暮らしがますます充実する予感がしていたのに。
それでもこれは進歩だと思う。
手紙を書けば返事をくれる人がいる。
誘えばうちに遊びにきてくれる人がいる。
今回はドラマだったら1話、いや2話にまたぐくらいのすれ違いっぷりで、運悪くスピーカーはうちに来なかったけれど、思い切って何かをすることはとても大事だと気付いた。しかも思い切るってことは全然大変ではない。
これって音楽にも同じことが言えるじゃないか、と音楽の話題につなげようしてたんだけど、全くつながらない。
ここ最近は新しい音楽との縁がないし、こういうの聞きたいなと思うこともない。何か探さなきゃと、iTunesを覗いたり、自分の音楽データをシャッフルでかけたりするけれど、どれもピンと来ない。
そもそも、最近無理矢理更新しているから主題を見失っているなぁと思っている。
しかし。
今回をきっかけに、何か変わっていければな、いかなければなとこうしてパソコンに向かっている。
久しぶりに文章を書きたいなと思ったのだけれど。
音楽は1曲だけ。今、誰もが知っている曲を。
- No.1
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恋/星野源
日々の暮らしの中にあるドラマみたいなもの。ドラマの中にある日々の暮らしみたいなもの。