2018.10.10
【中屋辰平さん】 他人にも自分にも嘘がつけない。だから「尊敬」がある仕事がしたい。
■話し手
中屋辰平さん 30歳
■プロフィール
中屋辰平
1988年東京生。デザイナー。
武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業後、ハンサム株式会社(デザイン事務所)を経て2014年に独立。紙やWEBなど媒体問わず、ビジュアル制作の企画・デザインに携わる。
http://shinpui.jp/
中屋さんと初めて会ったとき、
「真実を口から吐き続けるロボットです」
と紹介された。
そう紹介してくれたのは、前回この『スタンド30代』で取材をした徳谷柿次郎さんだ。
柿次郎さんが株式会社バーグハンバーグバーグに勤めていたころ、中屋さんとシェアオフィスで出会い、それから仕事をするようになったのだという。バーグハンバーグバーグのロゴも、柿次郎さんが独立して立ち上げた株式会社Huuuuのロゴも、柿次郎さんが編集長を務めるメディア『ジモコロ』『BAMP』のロゴも、全部中屋さんが制作している。
「初めまして」と挨拶をした中屋さんは、そんなにたくさん話す方ではないように感じた。いつもじっと人の言葉に耳を傾け、人の表情を観察するように見、それからときどき言葉を発する。
その数少なく発せられる言葉が、どれもとても正直だった。相手に向かって「本当に思っていること」を率直に話す。そんな中屋さんに、わたしはひそかに驚いていた。
「本当に思っていること」を言うのは難しいことだ。
空気を読んだり、相手に気を遣ったりして、わたしたちはオブラートに包んでものを言ったり、あるいは本当に「そうだ」と思っていないことも場のノリで「そうだ」と言ってしまったりする。
だけどそれら全部、一見まわりのことを考えているようで、実は「嫌われたくない」とか「いい人に思われたい」とかいう、自分の保身のためであったりすることが多い。
「本当に思っていること」を言い続ける中屋さんを見ながら、確かに「ロボット」みたいかもしれない、と妙に納得してしまった。
つまり、保身をしないということ。おそれずに球を投げていく感じ。それが自分に返ってこようとも構わないというような顔をしている。だって「本当のこと」なのだから。
それは単に「毒舌である」というのとはまったくちがっている。
中屋さんはダサいものは「ダサい」ときっぱり言うが、それと同様にかっこいいものも「かっこいい」ときっぱり言うのである。目をキラキラさせながら、心から嬉しそうに。
自分のなかに「美意識」という判断基準がはっきりあるのだろう。美しいか・美しくないかを判断する基準。
個人事業主のデザイナーであるということが彼にそれを持たせているのかもしれないし、もともとそれが強かったからデザイナーになったのかもしれない。
いずれにせよ、彼の仕事には「美意識」というものが必要不可欠なものであり、彼はそれを研ぎ澄まし続けている。
わたしは彼に、その「美意識」がどのように培われどのように育ってきたのかを聞きたいと思った。そして今、どのようにその「美意識」を守っているのかを。
今年30歳になった中屋さんは、7月に『三途 / 三〇』という個展を開いた。
この個展では、デザインではなく中屋さん自身の「表現」として作品が作られた。
偶然エラー表示された画像がこれまでの制作物のモザイクだったことから、「死ぬときに走馬灯を見ることができたら、こんな感じかな」と思ったのがきっかけだったという。
インタビューは個展初日に行われた。
中屋さんを構成する要素に囲まれながら、そこで彼の来し方をインタビューできたのは、とても幸運な機会だったと思う。
- 土門
- 取材する前に、中屋さんの過去のインタビュー記事を読もうと思っていろいろ探したんです。でも中屋さん、インタビューって受けられていないですね? 見つけることができなくて。
- 中屋
- ないです。これが初めてです。
- 土門
- でもこの間お会いしたとき、「取材の依頼をもらった」って話されていましたよね。確か、仕事の七つ道具を教えてくださいっていう取材依頼で、「でも断ろうと思ってる」みたいなことをおっしゃっていたのを覚えてるんですが。
- 中屋
- ああ、はい。あれは断りました。
- 土門
- あ、やっぱり断ったんですか。
- 中屋
- 考えてみたけど、何も思いつかなかったんですよね。七つ道具はおろか一つ道具も浮かばない。そんな人がひねり出して語った文章はしょうもないものになっちゃうなと思って。
- 土門
- いやあ、あの、わたしその「断ろうと思ってる」って話を聞いたとき、すごくおもしろいなって思ったんですよね。何て言うのか、初めて会った時から、中屋さんてそういう自分の中の「かっこいい」と「ダサい」の判断基準がすごくはっきりしている方なんだなって思っていて。
- 中屋
- ああ、確かにそうかも……。
- 土門
- 言い換えれば「はっきりとした美意識」というか。それが強く前面に出ている方だなと思っていて。中屋さんのその美意識ってどのように形成されてきたのかな、というお話をうかがえたらと思って今日はやって来ました。どうぞよろしくお願いします。
- 中屋
- ちゃんと答えられんのかな(笑)。よろしくお願いします。
「意味がわからない」家族の中の人間関係
- 土門
- 中屋さんは1988年生まれだから、今ちょうど30歳ですか。
- 中屋
- そうですね。1月生まれなので。早生まれはフィジカルが弱いから根暗だって柿次郎さんが言ってました。
- 土門
- (笑)その柿次郎さんが、中屋さんのインタビューもぜひ読みたいっておっしゃっていましたよ。中屋さん、生まれは東京でしたよね。
- 中屋
- はい、足立区で生まれました。そこはいわゆる下町と言われるエリアなんですが……下町という言葉からイメージされそうな文化的な要素みたいなものは全然街になくて、なんていうか、美学を感じない街でしたね。
- 土門
- 美学を感じない。
- 中屋
- サンダルのクロックスが流行ったときに、みんな本物じゃなくて、量販店で売ってるクロックス風のサンダルを履いて歩いているような(笑)。それでいいの?みたいな感覚を街に持っていました。
- そういうところで、父と母と3つ上の姉の4人家族のなかで育ちました。
- 土門
- ご家族とは今もよく会ったりするんですか?
- 中屋
- あんまり会わないですね。他の3人は仲良くてみんなで旅行したりするんですけど、自分だけ行かない、みたいな。必ず断られるとわかってるのに毎回誘ってきて、「こりねえな!(笑)」って思ったりするんですが、いろいろと苦手だったりセンスが合わない部分があるので、一緒にいたいとか話をたくさんしたいとかは思わないんです。感謝の気持ちはあるんですけどね。
- 土門
- それは昔からだったんですか?
- 中屋
- そうですね。子供のころ父親がめっちゃ怖くて。怒るとき物投げたりしてきてたんですよ。それがすごく嫌で。
- でも、母と姉も普通不安がりそうなものを、なぜか父親の味方をするんです。誰もこの理不尽に対抗しないのはなぜなんだ!と思ってましたね。
- 土門
- お父さんは力で支配するタイプだった?
- 中屋
- 要するに、亭主関白なんです。
- これは今でもずっと覚えているんですけど、ある日のおかずがカニ玉だったんですね。で、それを食べるときに、「行儀が悪いから大皿から各自小皿にとれ」って父親に言われたんです。まあ、それは普通じゃないですか。でも、それを言っているときの父親が、立膝をついて飯食ってたんですよ。それで「小皿にとれ」って、いやまずお前の膝どうなってんだよ!?と。よくそれで言えるなと。
- 土門
- (笑)
- 中屋
- これ(立膝つきながら)で人に注意するんですよ!? 自分がマナー守ってないのに人にマナー守らせるとか、意味わかんないじゃないですか。その、「意味わからない」っていうのが本当に嫌いで。何でそんなものに屈しないといけないのかと一度思い始めると、絶対屈したくないんですよ。そうしたら、父親に皿ごとカニ玉を投げつけられて。
- 土門
- あらら……。
- 中屋
- そういうことがあって、小学生くらいのときから父親のことはずっと苦手意識があります。
- と言うか、反面教師的な感じで生きていますね。タバコも父親が吸っていたから、くわえたこともないくらいで。亭主関白の関係性が嫌すぎて、自分に彼女がいたときは逆にめちゃめちゃ尻に敷かれたり、振り回されたりしちゃうことが多いです(笑)。もう全部父親の真逆をして生きていこうとすら思ってますね。
- 土門
- むしろ影響を受けている感じなんですね。中でも一番受け入れられないところは、やはり理不尽なところですか。
- 中屋
- そうですね。亭主関白で平等じゃないところ。母親に「お茶」とか「ご飯」とか、お風呂あがったら「パンツ」とか言うとことか。
- 土門
- パンツも。
- 中屋
- パンツくらい自分で用意せえや!と、365日ずっと怒りを胸に過ごしてました(笑)。でも、母親が文句言わないんです。それも全然意味がわからないんですよね。だからどっちも、意味がわからない。
- 自分は、人間関係として対等でありたいんですよ。主従関係をなくしたいんですよね。
嘘つきって本当にいるんだなって知ったきっかけ
- 土門
- 中屋さんって、小さい頃はどういう子供だったんですか?
- 中屋
- お笑いやギャグ漫画がとにかく好きな子供でした。姉と爆笑問題のライブを観に行ったことがあるんですけど、それを観て本当にすごいな!って感動して。「おもしろいことができる人はすごいな」って、その頃から思い始めましたね。
- 土門
- ご自身も、学校ではそういう笑わせるようなタイプだった?
- 中屋
- 中心になるような子ではなかったし暗かったけれど、時折ぼそっと何かおもしろいことを言うような……今とあまり変わってないですね(笑)。
- 土門
- 昔から今の仕事につながるようなこと……たとえば、絵を描くのも好きでした?
- 中屋
- 漫画をよく読んでたこともあって、絵を描くのは好きでした。
- でも美大に入ってから気づいたのは、みんなほどは絵が好きじゃないんだなってことだったんです。大学のみんな、本当に絵がうまいんですよ。中には同じように漫画を読んで影響を受けた人もたくさんいたんですけど、そういう人は『スラムダンク』とか読んで模写しているんですよね。でも自分の場合はギャグ漫画ばっかり読んでいて。『ラッキーマン』とか、画力よりも内容や小ネタのおもしろさが前に出ている漫画の真似ばかりしていたんですよ。だから、基礎が全然違う。
- 多分、絵よりもストーリーに重きを置いていたのかもしれないですね。「おもしろい」というのがとにかく好きだった。
- もしももうひとつの人生があるなら、お笑い芸人になりたかったんです。でも表に出るのは得意じゃないし、狭き門をくぐれるほどの才能が自分にあるとは思えなくて。それでそっちの夢は早々に、想像した段階で諦めました。もうひとつ好きな方、続けられそうな方を選ぼうと思って、デザインの道に入りましたね。
- ただ、最初はデザインがどういうものなのかも全然わかってなかったんです。何がしたいかっていうのはなくて、ただなんとなく「美大受けよう」くらいの。
- 土門
- 美大を目指すきっかけみたいなのはあったんですか?
- 中屋
- 高校の同級生に「俺、美大目指してんだよね」って言う奴がいたんですよ。でもそいつは今まで絵を描いていたとかの話も一切なくて、急に何言いだしてんだ……と思って。「だったら俺のが出来るわい!」と思ってしまったんですよね。
- 土門
- あはは。いらっとしたのがきっかけなんですね。
- 中屋
- でもひとりで行くのが不安だったんで、もうひとり絵が好きな友達に「目指してみない?」って誘って(笑)。
- 土門
- 逆にその人のことは「こいつはやるな」と思っていたんですか。
- 中屋
- はい、その子はめちゃくちゃ絵がうまかったんですよ。山田くんっていって、今任天堂でCGデザインやっているんですけど。彼は「中屋は自分を美術の道に誘ってくれた人だ」みたいに言うんですよね。「あのとき誘ってくれなかったら僕は美術大学に行ってなかった」って言ってくれるんですけど、自分はただ寂しかったから彼を誘っただけで……。
- 土門
- でもその人のことは「やるな」と思っていたわけですよね。そのときから。
- 中屋
- 思ってました。人のことは、かなり観察するほうなんだと思います。
- 土門
- その観察する感じ、すごくわかります。あの、中屋さんははっきりとものをおっしゃるけれど、それは全然嫌な感じじゃないんですよ。なぜなら、「いいものはいい、悪いものは悪い」と自分のなかに線があるのが伝わってくるから。だから、褒めるときはすごく褒めるんですよね。その、美意識の尖り方、審美眼の激しさっていうのかな。それってどこから来るんですかね。
- 中屋
- 土門さんから事前に取材質問のメールもらって、何が自分の「美意識」につながっているのかって考えたんですけど……。
- 土門
- はい、はい。
- 中屋
- 小学生のときに「連絡網詐欺」っていうのに遭ったんですよ。
- 土門
- えっ。連絡網ってあの、クラスメイトの電話番号が並んでいるリストですか?
- 中屋
- はい。知り合いのふりをして、電話口で連絡網を全部読ませて個人情報を聞き出すっていう詐欺なんですけど、それが流行ったことがあって、ひっかかってしまったんです。
- 土門
- あら!
- 中屋
- 当時鍵っ子だったので、家にひとりだったんですよね。そのときに電話が来て、知り合いを装った人に「連絡網に載っている電話番号、順番に教えてくれる?」って言われて。それで、次々教えていってしまったんですよ。
- そうしたら、あとでそれが詐欺だったってわかって。そのときまだ小1だったんですけど、「マジで人って信じられないんだな」って思ってしまったんですよね。嘘つきって本当にいるんだなって。
- 土門
- それはショックでしたね……。信じて手伝ったのに、裏切られたんですものね。
- 中屋
- 子供ながらに「これはつらいな」って思いましたね。それから、「こいつは本当のことを言っているか、嘘つきじゃないか」って観察するようになりました。
- 土門
- 一度騙されてしまったから。
- 中屋
- そうそう。心を開かないというよりは、発言とかそぶりからジャッジするっていう癖がついてしまったんだと思います。
嘘をつきたくなさすぎて、人のことをうまく褒められない
- 中屋
- 大学時代、「暴君」って呼ばれていたことがあって。
- 土門
- 暴君(笑)。
- 中屋
- 美大時代、グループワークっていうのがあったんですよ。個人制作じゃなくて、4人くらいのグループで話し合って発表するっていう授業なんですけど、そこで自分の意見を率直に言いまくっていたら、同級生の女の子に「暴君だ」って言われたんですよね。「いやいや何で?」と思っていたんですけど。
- 土門
- そんなにはっきりものを言っていたんですか。
- 中屋
- そうですね。展示を見たり、講評をするときにも、「全然良くない」とかめちゃくちゃはっきり言ってしまっていたんですよ。でも自分は、みんな何かを志して頑張っている人たちだと思ってたんです。だから正直に意見をぶつけてた。
- 土門
- それはきっと、中屋さん自身が本気で頑張っていたってことですね。
- 中屋
- はい。だから、みんな何でもっと頑張らないんだろうって思ってました。みんなライバルだと思っていたので。自分が真剣なように周りも真剣だって思い込んでいたんです。
- でもそうしている内に、同級生の女子たちに怖がられて文句言われたりし始めちゃって。それで自分も「うるせーブス」とか身も蓋もないただの悪口を言ったりして……。
- 土門
- それは普通に暴君ですね(笑)。
- 中屋
- でも今は「それぞれスタンスや考え方が違う」ってわかったから、そういうことはしなくなりましたよ。タイムスリップできたら過去の自分に説教しに行きたいです。
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