第21週 雌花 故 雄花 / 発育ステータス2016.12.23
私はバンドを組んだことがないので、「バンドで音楽作品をつくる」というのがどのようにして行われるものなのかに興味があって、何人かのバンドマンに「どんなふうに曲作ってるの?」と聞いたことがあります。
みんな、言い回しはたがえど、ほとんど同じことを言っていました。
「誰かがワンフレーズ弾いて、それに対してみんなが反応していく感じ」
発育ステータスというのは椎名林檎が16年前に組んだバンドです。
メンバーはこんな感じで、ベースが3人います。
声と電気式ベース:椎名林檎
声と電気式ベース:村田純子(八王子ガリバー)
電気式ベース:鳥井泰伸(GAJI)
電気式ギター:田渕ひさ子(Toddle, Bloodthirsty butchers, exナンバーガール)
生ドラム:吉村由加(Metalchicks, CATSUOMATICDEATH, ex.DMBQ)
発育ステータスは、2000年に詳細をふせたまま一度だけツアーをしました。活動はそれきりです。
『発育ステータス 御起立ジャポン』というVHSがあって、それはこのバンドが結成されてからライブを行うまでの実録ものなのですが、私はそれを高校時代に買って、ある時期には放課後家に帰ってから毎日のように観ていました。
メンバーが集まる。
イメージを共有する。
曲と歌詞を作る。
スタジオで練習する。
ライブする。
粗い画質で撮られた、これら一連の流れ。
テロップも出ないし、音もあまり良くなくて、何を話してるのかわからないところもある。
リモコンで音量を上げて「何話しよんじゃろ?」と耳をそばだてながら、一所懸命観てました。
彼女は達筆な字で紙に断片的な言葉やコードを書き記しながら、「なんかもっとぎゅーんって」とか「植物みたいな」とかイメージを口にします。それをみんなが覗き込んで、首を傾げたり頷いたり、楽器を鳴らしてみたりします。
田渕ひさ子は言葉すくなですが、椎名林檎のイメージを注意深く理解しようと努力するひとだな、と思いました。ナンバーガールでもそういう立ち位置だったのかもしれないなと。
このひとは途中で投げ出しがちだけど、爆発力がすごいとか、
このひとは理屈屋だけど、理にかなえばとても協力的とか、
このひとはプライドが高いけど、それと同じくらい忠誠心のようなものも強いんだろうなとか、
映像を観ていると、ひとりひとりの特徴がすごくよくわかりました。
このドキュメンタリーを観ていると、「椎名林檎はプレッシャーを感じないのか」と思って、こっちが胃が痛くなりました。
癖の強いミュージシャンたちがみんな、椎名林檎が何か話すのを待っている。
どうしてほしいのか言ってもらうのを待っている。
そして、それがありなのかなしなのか、すべて判断は彼女に委ねられます。
彼女のすごいところは、決して投げ出さないところだと思いました。
「わからない」ことを投げ出さない。あきらめない。委ねない。ずっと考えています。わかるまで考えている。
セッションによる偶然の化学反応を楽しみながらも、それはあくまで副産物でしかないのだなあと、そのVHSを観ながら思いました。
当然、彼女は笑っていても、緊張していて孤独に見えました。
パウル・クレーという画家は、インスピレーションではなくて計算で絵を描いているという文章を読んだことがあります。その本には、彼がびっしり書きこんだ、私には何のことなのかちっともわからない計算式も載っていました。
大学時代、一時期クレーの絵ばかり観ていたのですが、そのときに「わからないことも、ずっと考えてれば、いつかわかる」ってクレーに言われる夢を見ました。起きたとき、「そうかあ」としみじみ思いました。
クレーの絵は、全然よくわからないけど、だからすごく好きです。
椎名林檎を好きな理由も、これときっと同じです。
そのきりきりする前半の胃痛を乗り切って、後半のライブ映像を観るととてもかっこよくて、「ああよかった、無事生まれてよかった」と、毎回思いました。
このVHSが始まるころにはかげもかたちもなかったものが、いまここに存在している。
すごいな、ものづくりだな、と、毎回同じように感動しました。
そして、椎名林檎だけではできなかった、あなたのおかげよ、と他のメンバーの手をとって言いたくなりました。
考えてみれば、人生はそういうことばかりだなって思います。
発育ステータスセットリスト。
1. 発芽
2. 悪い苗 良い萠
3. 害虫駆除
4. たかいたかい
5. 生え抜き
6. 咲かせてみて
7. 今夜だふ
8. 雌花 故 雄花
9. 光合成
これそのまま、ものづくりのフローでもありますね。
text:土門蘭